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広島高等裁判所岡山支部 昭和34年(く)24号 決定

少年 T(昭一六・六・一〇生)

主文

原決定を取り消す。

本件を原裁判所に差し戻す。

理由

抗告申立人及び附添人の抗告申立の理由を要約すれば、少年は今迄本件以外に何等非行の前歴がないこと、本件非行は集団的心裡によつて前後の考えもなく敢行したものであること等に鑑み少年院に送致されることは却つて少年の為に悪い結果をもたらすものと思われるので、この際少年を家庭に引取り、家族全員の愛情を注ぐと共に、厳重な監督の下に長兄の営む養豚業を手伝わせて、将来の更生を図ることが適切な措置であり、少年の将来を左右する最も重大な年頃でもあるので、原決定はこの点においてその処分が著しく不当であるから、これが取り消しを求めるため、本件抗告の申立に及ぶというのである。

よつて按ずるのに、本件少年保護事件記録及び少年調査記録に徴すれば、原決定が認定した非行事実は勿論、原決定の指摘するとおり少年がその主謀者とも目すべき役割を演じており、犯情軽視し難きものがあることを認めるに十分であつて、少年の好ましくない生活環境や十全とはいえない保護者の保護能力等右記録に現われた諸般の情状に鑑みると、なるほど一応は少年を中等少年院に送致するのが適当であると思われる節がないではない。

しかしながら、右記録を精査し且つ当審で取り調べた岡山少年院教官寺田元蔵、少年の身柄引受を申出ている○原○、少年の父○東○、兄○乙○及び少年本人尋問の各結果を綜合すると、次のような情状を認めることができる。

(一)  少年は屑買及び養豚業を営む父母、兄一家の保護下に義務教育を経て○○高等学校に入学し、家庭の都合で昭和三二年一一月同校一年で中退後、縁者の紹介で間もなく大阪市の会社に塗装工として単身就職したが、生活難のため保護者諒解の下に昭和三四年八月同社を退社して帰宅し、爾来家事手伝をしていた間に本件非行を敢行するに至つたものであるところ、その間非行の前歴は全然なく本件非行は正に初犯であり、右就学時は成績も中位で大過なく送り、就職時も一応真面目に働いていて、従来保護者の指導には従順に服していたことが窺えるばかりでなく、少年の鑑別結果に照しても性格的には特に取上げる程の問題点もなく、精神状態は正常でいま直ちに特段の性格矯正を必要とする徴候は見当らないし、少くとも現在では少年自身で深く本件非行につき反省悔悟し、更生を誓つていることが認められるから、少年の性格素質面においてその更正をはばむ特段の障碍はなく、却つてその現に有する更生の熱情を適切に善導するときは、比較的好ましくない生活環境就中交友関係を自ら克服して優にその更生を実現することを期待できるものといえること。

(二)  少年の保護者らは現在経済面においてその生活維持にこと欠くところなく、その家庭も平和で少年に対する愛情に欠くる点もなく、今回本件非行を転機として真剣に少年の保護監督につき反省考慮し、一家の全力を挙げて少年の更生補導に当る熱意を有することが窺えるばかりでなく、予て非行少年の補導教育について経験のある少年一家の知人は許されるならば少年の身柄を引受けて職業補導をするにやぶさかでない旨申出ているから、保護者らの少年に対する指導監督面においても一応の期待がもてる状況にあること。

(三)  本件強姦は未遂に終わつたもので、幸い被害者も左程実害を受けておらず、しかも少年の側から被害者に多少慰藉の方法を講じていて、被害者も宥恕の意思を表明しているから、被害者の被害感情に対する少年一家の精神的負担も軽減され、一応少年の補導教育面が明朗化されていること。

そこで、これら各般の情状を考量勘案すると、この際少年の処遇を決するには特に慎重たるべきことが望まれるのであつて、折角少年の反社会性を改善矯正するのに前記のような更生を誓う少年及び保護者らの熱意とその更生の可能性に期待できるものがある以上は須らくこれを活用し、試験観察又は保護観察等適当な処遇によりできる限り保護者らの補導下で少年が自力によつて更生する機会を与えるのを相当とし、早急に少年院に収容することは却つて弊害あつて一利なき危険を冒すものといわねばならないから、本件について未だ一度も自力更生の機会を与えることもなく、直ちに少年を中等少年院に送致した原決定は不当の譏りあるを免れず、結局本件抗告は理由がある。

よつて、少年法第三三条第二項少年審判規則第五〇条により原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河相格治 裁判官 浅野猛人 裁判官 小川宜夫)

別紙 (差戻後の決定)

主文

少年を岡山保護観察所の保護観察に付する。

理由

少年は

(1) 昭和三四年九月一一日夜旭川提防上をK、B、Rと通行中、岡山市三野岡山市水道局三野浄水場揚水塔下の石畳でM子(当二二年)がJと逢引をしているのを目撃し、B、R、Kと共謀し同女を姦淫しようと企て、同日午後九時四〇分頃M子等に近付き「何をしているか、ここをどこだと思う」などと因縁をつけ、帰ろうとする同女をとらえて殴打し更に同女をその場にころがしその両足を押えるなどの暴行を加え、強いて姦淫しようとしたところ、同伴者のJがその場から逃げ出したため、犯行の発覚することを恐れ前記犯行を中止して逃走したためその目的を遂げなかつたが、前記暴行により同女に治療一週間を要する両側上腕部打撲傷を負わせ、

(2) 大阪市西淀川区○○町○丁目○○○番地○○塗装工芸所に塗装工員として雇われ中、昭和三四年六月七日午前八時二〇分頃同社前路上において、運転の資格がないのに、同路上に駐車していた同会社保管の小型四輪貨物自動車の位置を変更させようとして、同自動車を運転して約六・二五米前進して一旦停車し、次に後退しようとした際、ギヤーの転換操作を誤つた重過失のため、後退のつもりで発進した車が前方に進出したので、驚いて急停車の措置をとつたが及ばず、同車の前方を左から右に通行していた○井○(当三四年)を車体左前方と人家の塀にはさみ付け、よつて同人に右そけい部挫創及び右脛骨腓骨複雑骨折により治療約九週間を要する傷害を加え、

たものである。

適用法令刑法第一八一条、第一七九条、第一七七条、刑法第二一一条後段、道路交通取締法第七条第一項第二項第二号、第九条第一項、第二八条第一号

少年は(1)の強姦致傷事件につき、昭和三四年一〇月一九日当裁判所において中等少年院送致の決定を受け、岡山少年院に収容されたが抗告の結果同年一二月二四日広島高等裁判所岡山支部において原決定を取消す旨の決定があつたため、同年一二月二九日同少年院より釈放されたものである。

尚(2)の自動車の無免許の運転と重過失傷害についても少年に相当の責任を科して然るべきであるが、少年が前述の通りすでに上記(1)の事件で二ヵ月余少年院に収容されたことを考慮し、(1)の事実と併せて主文のとおり決定することとした。

(昭和三五年三月七日 岡山家庭裁判所 裁判官 高橋文明)

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